戦闘民族の会話術

闘民族って何?とその前に・・
あなたは戦闘力をグイグイ引き上げ
並の人間をゴボウ抜き
友達、同僚、家族、彼女からリスペクトされる
アリーヤ―流コミュニケーション術を
手に入れたいと思いませんか?
そして多くの人と気兼ねなく会話できる
ようになる謎のコミュニティとは・・

 

戦闘力1のゴミ人間でした。

よぼよぼのおじいちゃんの様にしか歩けなくなりました。

よぼよぼと言っても実年齢は当時25才位です。

仕事からの収入もなく、水しかほぼ飲めない状況に
追い込まれてしまったのです。

 

空腹でゆっくりと歩くのが精いっぱいで階段などは手すりを
つたって一歩一歩のろのろと上がっていくのでいっぱいいっぱいでした。

 

人間空腹を通り過ぎると体に力が入らなくなる事も始めて学習
しました。
(この時、高齢者の気持ちが生まれて初めてわかりました)

 

お腹をさわると以前はあった脂肪が一切なくぺったんこのガリガリになっていました。

トイレにいってもおしっこ以外何も出てきませんでした。

 

なぜこのような状況になったのかを今から一から話していきたいと思います。

しかし、私にとっては恥ずかしい過去なので、この文章を公開し続ける事に強い摩擦を感じます。

ですので、いつまでこの文章を公開しているかわかりません。

5分後にはみられなくなっている可能性もあります。

ですので今すぐ最初から最後まで見て下さい。

 

最初はどこにでもいる普通の人間でした。

私の名前は石川哲正(イシカワテツマサ)といいます。

中高と学力もスポーツも並の並み。

成績表は5段階でほぼオール3。

なんの取柄もないどこにでもいる普通の凡人でした。

 

人まみれが好きでした

まず私は、小さい時から人間が大好きでした。

それだけだと伝わらないと思いますが、例えば街など人が多い
所に行くとそれだけで犬が飼い主が家に帰ってきた時のように
テンションが上がってしまいます。

人に囲まれるのが大好きでそれほど人がたくさんいる所が大好きでした。

街をブラブラするだけで楽しかったです。

よく高校生の頃は街の古着屋巡りをしたものです。

高校を卒業したら街の近くの学校に行きたいと思っていました。

結局街を通る学校に行くことになったのでとてもうれしかったのを覚えています。

当時の夢はいつか社長になりたい。でもそれは途方もないいつかであって、今は考える事じゃない。

そう思っていました。

 

会話に困ったことはありません

どちらかと言うとコミュニケーションは得意な方だったと思います。

しかし、トークが上手というよりは、相手と会話する事そのものが

好きなので決して会話上手ではなかったと思います。

単純にむだ話が多かった印象です。要するにオチのない話ばかりしていたという
事です。

 

小学生の時は劣等生

今思えば小3位から友達から嫌がらせを受けよく泣いていた記憶があります。

私は小学生の4年生から少年野球に入っていましたが、

まるでダメでした。

入って1年以上試合でヒットを1本も打つこと

ができませんでした。

バッターボックスに入っては三振三振の繰り返し。

たまにデッドボールの玉が来てもよけられず

顔面で野球ボールを受けた事もありました。

そんな私はここでも立場が弱く嫌がらせを受けて泣いていた記憶が残っています。

運動神経がなく、本当に気が小さく

今考えてもあり得ない位ダメ人間でした。

しかし、練習だけは休んだ事が確か一度もなく根はくそ真面目な人間でした。

そんな私が初めて試合でヒットを打ったのは6年生の時でした。

練習試合でしたがコーチは興奮気味で試合の終わった後も一日中私をほめてくれました。

その後も成績は振るわず、そんなダメ人間でも練習だけは休まないのだけが取り柄でした。

そして今でも覚えているのが少年野球の最後のイベントのチームトッププレイヤーベスト5には

なんと試合にろくにでてない私が5位に入賞しました。

練習を休んだことのない皆勤賞が功をもたらし驚いたのを今でも覚えています。

努力を続ければ報われると、子供心ながら覚えた最初の出来事だったかもしれません。

 

いじられキャラだった中学時代

私は中2からなぜか学校で面白い事をする人間となりたくて、人々の関心

のもたれる様な事を繰り返していました。

教室で授業中一番後ろの席で椅子ごと後ろに転んで笑いを取ったり、つけられたあだ名は20個

はあったと思います。

とにかく席替えがあれば隣に座った人には誰かれかまわず会話

して仲良くなっていきました。

しかし、一方でいじられキャラが度を越えて

冗談まじりで暴力を受ける事もしばしばありました。

いきなり後ろからこぶしが飛んできてフッ飛ばされました。

他にはいきなり正面から180センチ以上のガタイのいい男子から

ローキックを食らって倒れこんだり、度の過ぎたいじりには困ったものでした。

そしてお笑い芸人のようなキャラでした。

相手が不機嫌そうになったら笑いを取って

ごまかしたり、人付き合いは人一倍よく誘われたら断らない。

そんなスタンスでした。

 

舐められたくない高1

私は中学のいじられキャラに飽きてしまい、

高校ではビシッとした生活を送りたいと思っていました。

すると他人との会話もほとんどなく、休み時間は一人で眠る

事が多くなりました。

友達もクラスでは同じ部活の1人位であとはたまに会話する位でした。

髪の毛もちょっと悪ガキ風にしてみたり相手を威嚇していました。

しかし、いざ一人になってしまうとたいして楽しいものでもなく、

物足りなくなってしまいました。

唯一の友達にも僕がふざけてイジッていると逆切れされ右ストレートを僕が食らって、

双方つかみあいのもめ事になってしまいました。

その頃には学校をやめてゆうゆうと生活する生徒も少しづつ現れてきて自由がうらやましかったのを覚えています。

今考えると学校をやめるのは中卒扱いなので後々困る事になったかもしれませんが。

部活は柔道でそこでも真面目に取り組んでいました。

最初は中学の3年の冬に足を折ってしまい、高校に入ってからも病院でリハビリをしながら通っていました。

ここでもくそ真目な性格が表れ、学校が終わり病院に通いまた学校に戻ってきて部活に参加していました。

部活は最初は最底辺の強さでしたが、高3に入るころには少しずつ強くなってあと1年あれば目がでていたかもしれません。

ちょっと残念な高校部活でした。

 

高2でいじられキャラ復活

私は高1での教訓を生かし今度は真逆のいじられキャラを演出したいと思っていました。

クラス替えもあり、すると最初からあるグループに入る事ができ、それなりの楽しい日々が待っ

ていました。

私は当時会話の最後に「チッ」と舌打ちする癖がありあだ名がつけられました。

その後もみんなの飲み会に参加したり、海に行ったり思い出を作る事ができました。

しかし高3にもなるとみんな受験などで音信不通状態になってしまいました。

そしてここでもバイトもできず部活などもあり思いっきり遊ぶ事ができず、不完全燃焼でした。

彼女を作りたくても部活でバイトができず、お金もなかったので女性関係ではさみしい高校生活

でした。

 

専門学校デビュー

私は専門学校では自由になりたい。強くそう思っていました。

思い切り髪を染めて、思い切りファッションを楽しみ、バイクに乗りたい。

そんな感じでした。

実質初めてのバイトは居酒屋で怒られてばかりでした。

バイトというバイトをしたことがなく常識もなく苦労しました。

しかし、常時5人位はいる男女のバイト仲間とワイワイ話ながら

みんな仲良く友達になれました。本当に楽しかったです。

学校がいまいち楽しくなかった分バイトは心の支えになってくれました。

念願のバイクにも乗る事ができましたがお金がいつも金欠だった事を抜かせば、完璧でした。

念願の彼女もでき初めての青春だったと思います。

いままで部活などでバイトをした事もほぼなかったし、かごから放された鳥のような気分でした。

 

バイトに遊びに満喫そして留年

4時過ぎに学校が終わり、そのまま直行してバイトに入り10時まで働き、

それから一人暮らしの友達の家に向かう。

そんな毎日でした。

当然勉強は全くせず赤点ばかりでした。

甘く考えていた私は専門学校では珍しい留年をしてしまいました。

考えてみれば当然の結果で、勉強には熱意がもてませんでた。

将来他人の命を預かる、本来なら勉強にこそ力をいれなければならない所を私は甘えてばかりい

たのです。

仕事の内容は臨床工学技士という人工透析などの仕事でした。

とてもいい加減な勉強をしていい仕事ではありません。

しかし私は留年しても気づきませんでした。

勉強を大事にしなければならない事に。

毎日朝の2,3,4時ころまで友達の家で遊びほとんど寝ないで、学校に出席。

当然眠いので学校で寝る。

朝も遅刻の常習犯。

そんな今考えると恐ろしいほど不真面目な学生でした。

そりゃ、留年もしますよね。

 

自分の人生これでいいのか?

専門学校に入って2年が経とうとする時、担任から強く言われました「お前、学校辞めろ」と。

留年したにもかかわらず相変わらず勉強のしない私は担任から退学をススメられました。

今まで一度も退学は考えていなかった私は「ありえない・・」と、放心状態になってしまいました。

「これからどんな人生送ればいいのか?」そんな事が脳裏に浮かびました。

ここまで勉強をおろそかにしていたのにかかわらず中退という選択肢は今まで私にはありませんでした。

そしてついに学校をやめる決意を1週間ほどで固めました。

20才になる数日前の事でした。

人生なんとかなるさの精神で辞めたものの、これからどうしていいかわからなくなりました。

選択枝は今までは一つだったのが無数にある状況に変わってしまったのです。

そして決意しました。

自分を変えようと・・。

具体的には自分の精神が変わりました。

マジになったんです。

人生にやっと。

今までの半端な気持ちは吹っ飛びました。

仕事にプライドをもつようになりました。

 

人生の疑問が私を覆いつくしました

 

「このままでいいのか?」という疑問を数年間抱いていました。

そんな自分に限界を感じ、自分を180度変える事にしました。

もっと言うと今までは親のレールのしかれた人生のような気がして
しかたありませんでした。

私の親は基本放任です。

自分の人生自分で決めなさい。

というのが基本スタンスです。

しかし、親の背中を見ていると安定した医療職にでも務めてくれれば
うれしい。

と、いうのが私にはなんとなく伝わってきました。

特にやりたい事もなかった私は遊びたい一心で浪人だけは避けようと思っていました。

実際医療系の学校の入試を受ける、といって入試を受けるととても
両親は喜んでくれました。

事実入試は合格し、親は喜んでくれました。

学校を卒業し、就職してそのうえでやりたい事が見つかれば、それをやればいいと。

しかし人生そんなに甘くありません。

受験は本気で取り組んだのに、入学したとたん半端な勉強しかしなくなりました。

バイトに遊び、ギャンブルにハマってしまいました。

しかし自分自信は裏切れません。

高校まで自分を押さえつけて我慢していたのが、

とうとう限界を迎えてしまったのです。

 

自分を壊しました

今までの道の逆をズバリ行こうと思いました。

それが必要だと本能的に感じたからです。

自分は他人に依存する性格なのです。

「とにかく相手と仲良くなってなんとかする」

そんなスタイルです。

人とは極力かかわらず、個の力で人生生き延びる人生を生きたいと感じました。

仕事は他人とはなるべく関わらず、プライベートはもちろん普段もほとんど会話しない。

やる事はきっちり仕事する。

そんな人間が私のそのころの理想でした。

まずは遊びたくてしかたがなかったのですが、その前に自分を変える必要性を感じたのです。

 

親不孝者になり人生転落

最初の問題はまず第一に学校を辞めたお金でした。

医療系の学校に入っていたので年間150万ほどお金がかかっていました。

それを2年ほど通っていたので300万のマイナスになってしまう事です。

親を説得するのに涙ながらに語ったのをいまでも覚えています。

「自分は本当に辞めたいんだ」

「お父さんとお母さんはお前の為に働いているんだよ」と、
言われたのを今でも覚えています。

うちは特別裕福な家庭ではなかったので学費を稼ぐのは大変な事
だったと思います。

それが20才になりたての頃の時の話です。

親には迷惑をかけっぱなしでした。

 

社会の洗礼を受ける

社会に出て最初は苦労しました。

仕事ではコミュニケーションに頼れない分、仕事ができなければ
生き残れません。

「あいつは、愛想がないけど仕事ができる」こんな評価がなければ
クビにされてしまいます。

しかし私は他人に頼りがちな人生を生きてきたしわ寄せがやってきたのか
、最初は全く仕事ができませんでした。

あまりのひどさに、自分がふがいなくて仕事中に涙を流しそうになった事もありました。

仕事で工場のライン作業についた際にはラインについていけず、
適当な仕事にまわされたりしました。

仕事はろくにできないのにプライドだけは一人前に高かったので落ち込むことも多々
ありました。

 

パチプロを目指す

社会に出て仕事を始めて、最初に目標にしたのがギャンブラーでした。

いわゆるパチプロです。

学生の頃からパチスロが好きでハマってました。

結局は負けるのですが、一日で儲かる時は10万以上もうかるのが麻薬のようでした。(麻薬はやった事ないですが)

ギャンブル依存症で、負けがこむまで辞める事ができませんでした。

毎日どこかのパチンコ屋に入り浸り入店から閉店までいる。

そんな生活を3,4か月続けました。当時の有り金の50万全てを使い切ってようやく諦めました。

アホですよね。

50万もあればいろいろな事ができたはずなのに、大事な貯金を全てどぶに捨てました。

 

こんどはミュージシャンを目指す

最初に自分の仕事の適正はわかりませんでした。

思いつく限り世の中にある仕事をノートに書きだし、やりたくない仕事
にはバッテンをつけていきました。

そして最後にたどりついたのがミュージシャンでした。

「自分にはこの道しかない」と感じ自宅で作曲できる環境を作ろうと
考えました。

調べたところ費用は200万ほどかかりそうでした。

ですので昔行った工場のライン作業でお金を稼ごうと思いました。

しかし、少々つらかった経験がトラウマになっていたこともあり、
お金の良いホストの仕事をえらびました。

 

夜のホストとして働く

ホストの仕事は甘くありませんでした。

夜の街に放り出され、「客を呼んで来い」それだけでした。

今の時代では路上での勧誘は法律違反かもしれませんね。

要するにナンパをして客をつかんで来いということでしょうが、
以前の私ならまだしも今の自分はコミュニケーション能力が極端に
低いのです。

客を連れてこいと言われましても、街中で女性に声をかけるだけで心臓バクバク
です。

数分ごとに横道に入り深呼吸してまた声をかけての繰り返しです。

飛び込みの営業のようなものです。

お客が店に来て私のバカにしたような接客が気に入らないと言い出して、
土下座した事もありました。

しかし、のちのちこのような経験が自分の人生を好転させる事になりました。

昔は女性男性関係なく接してワイワイやっていました。

しかし今の私では空気は読まないし、自己中な性格でした。

会話もはずまず結局一人も客をとれないまま3、4か月でホストの仕事を辞めてしまいました。

 

仕事に覚醒したスカウト時代

そして次に選んだ仕事がスカウトでした。

具体的な仕事内容は街中で女性に声をかけて、夜のお仕事などを紹介する仕事です。

女性に街中で声をかけるのはホストで慣れていました。

そもそもスカウトは何かというと、夜のお店などで働いてくれる女性を集めるのが仕事でした。

ノルマを達成できないと、給料が半分になってしまうという過酷な仕事でした。

最初はノルマに達するよう必死で毎月ぎりぎりでノルマ達成していました。

しかも実は私の紹介していたお店はお触りが結構ハードにある飲み屋だったので、女性を集めるのに苦労しました。

最初からOKを出してくれる子はなかなかいません。

ですのでオブラートに包んで、さりげなくお触りもあるけどね~位の感じで交渉していきました。

最終的には見学のアポイントを取って見学が良ければ体験入店という説明を話半分で済ますという、店任せな無責任な方法で女の子を集めていました。

結果が恐ろしくて次の日に連絡できない場合もありました。

半年ほどでコツがつかめるようになり多少余裕も生まれてきました。

歩合もはずみ、これはとても自分にとっても自信になりました。

初めて自分が仕事をできるようになった瞬間です。

この時21才でした。

そして、いつしかミュージシャンの道は忘れ去られていきました。

 

東京に進出

そして地元を離れ、東京にスカウトとして向かう事になりました。

東京では途中から仕事が思うように進まず借金を重ねるようになりました。

会社に借金をして、消費者金融に借金をし、当時の彼女にもお金を借りていました。

お金に対する金銭感覚がなかったのです。

食事は自炊はせず全て外食で済ませてました。

女の子にお茶や食事をおごったり、雑費もかさみます。

お金はあればあるだけ使ってしまうというスタイルに慣れきってしまっていました。

 

彼女と仕事どっちとる?

私にも同棲する彼女ができました。

しかし、これはスカウトにとっては致命的です。

他の女の子と彼女がいるまえで、あれこれ電話しなければまずなりませんでした。

仲良くなった子とは食事位する事もあります。

しかし、彼女が家にいるとどうしてもきまずくなってしまうんです。

そして、私はスカウトの仕事に不満をもっていました。

いつまでこの仕事ができるとは限らないんじゃないか?

(実際今現在はおそらくスカウトという仕事はないでしょう)や、

収入に限度がある。(もっと稼げる仕事がしたい)

などの不安とも不満ともとれる感情を持っていました。

その結果仕事の収入は減っていき最終的には月5万位まで下がりました。

ほぼ仕事をする気力がなくなっていたのです。

その時にはフリーで仕事をしていたので固定給はありませんでした。

水しか飲めない生活に突入

正確には一日小さなバターロールのような5,6個入りのパンを買って一日1個か2個食べて
いました。

ガリガリに痩せてしまい、食べ物のありがたみがわかりました。

外に出てもフラフラで、仕事になりませんでした。

仕事のやる気は極端にありませんでしたが・・。

お金がなくても仕事のやる気は出ない。

負のスパイラルと同時に借金がどんどん膨らんでいきました。

 

家が撤去され訴えられる

収入がなく借金を重ねている間、出張で東京を離れて寮暮らしをしていました。

しかしその間、家賃を滞納し過ぎて家を強制撤去されてしまいました。

自分の持っていた生活道具全て撤去されてしまいました。

さらに会社に訴えられ、とうとうスカウトから離れ地方の工場に借金の返済に行くことになりました。

ただただ借金を返す日々

借金は総額300万ほどありました。

これが安いと考えるのか高いと思うのかはひとそれぞれですが私にとっては
工場で返すには非常に高い金額でした。

手取りの大半が毎月返済に取られてしまうのは、とてもつらかったです。

昔は苦手だった肉体労働もスカウトなどで鍛えられた結果、根性で乗り切る事ができるようになっていました。

残業もあり自分の時間を確保しようと夜更かしを無理して行っていました。

しかしここで培った精神力はのちのち自分を高めるのに必要な事だったと感じます。

私が最も苦手な仕事が肉体労働でしたから。

次に苦手な職業が営業です。

そんな意味ではスカウトという仕事も役に立っていたと十分感じます。

 

個人の限界を知る

そして運命はまた私に難題をつきつけてきました。

個人の力の限界を私は感じてしまったのです。

これ以上向上したいのであれば自分を変えるしかないと。

そこで私は自分を変える決断をしました。

まずはコミュニケーションを10代の頃まで許容範囲を広める事です。

これは徐々に行っています。

いままで職人だった人にレストランなどの
接客をやらすようなもので、最初は違和感だらけでした。

ですが徐々に数年かけて慣れてきました。

自分がいかに多くの人に迷惑をかけていたか痛感しました。

自分の角がとれ、さらに状況によっては最高のパフォ―マンスが出せると確信しました。

この時30才。

 

病魔との闘い

そして自分を変えるキッカケとなった原因は精神病にかかってしまった事でした。

誰も何も言っていないはずなのに、現実に「声」として悪口や命令などが聞こえてしまう「幻聴」や、

客観的にみると不合理であっても本人にとっては確信的で、そのために行動が左右されてしまう
「妄想」といった症状が代表的です。

徐々に良くはなって今はほぼ症状はないですが、最初は廃人となってしまいました。

回復には数年を必要としました。

 

学問に目覚めた30代

私は昔からある程度最低限は勉強していました。

それでも偏差値50位の平凡ですが。

いくら真剣に勉強しても伸びしろに限界がありました。

そもそも勉強が大嫌いだったのです。

勉強の際には当時聞いていたXの音楽を爆音でかけながら、苦痛をごまかしながら勉強していました。

そんな私が次のステージに選んだのが勉強です。

現在は32才で通信制の大学に入学し勉強をしながら、法律の勉強もしています。

しかし、10代の頃の勉強とは変わりました。

勉強が楽しいとは言い過ぎかもしれませんが、苦痛にならなくなりました。

嫌々やらされている感がないのです。

親が言うからやっているのではなく自分がやりたいからやる。

そんな心境の変化です。

この気持ちが10代の頃にあれば、どれだけ後の人生スムーズに進んだのだろうと心底思っています。

私にとっての会話とは?

20代になってたくさんの新しい試みをしてきました。

口下手な私が、必死になって会話と向き合いました。

そして相手に会話のテストを繰り返す毎日でした。

スカウトの際には多くのチャレンジもしました。

時には笑いをとり「お笑い芸人みたいだね」なんて言われたりしました。

見た目が私は自黒だったので日サロに通っているギャル男に勘違いされたりもしました。

トークに関しては様々な試みをしました。

会話でもっとも大切な事は共感です。

テクニックに走らず、普段正しいという事の逆を試してみる事もしてみました。

結果は常識の正解の逆が場合によっては正しいという事もありました。

教材として今回作りましたが、あなた自身のテストが最終的にネックになってきます。

数打てば必ず当たります。

ウケます。

その感触を忘れないで下さい。

自分自身のある程度のパターンを作ってしまえば、それ以上のテクニックは必要ありません。

いくつかのパターンと相手との相性が良ければなお話は盛り上がるでしょう。

あなたにも会話が盛り上がる感触を早く味わってほしいです。

異性同性かかわらずトークを盛り上げて下さい。

最初はやみつきになるでしょう。

「ああ。こんなに人と話すのって楽しいんだな」とか「チャレンジしてよかった」など
様々な成功体験を願っています。

 

あなたの戦闘力はいくつですか?

は?戦闘力?それってなんですか?

と、あなたは思うかもしれません。

私がいう戦闘力とは、人間力です。

人間力とはトータルとしてみた人間の力です。

それは、資格であり、学歴であり、話術であり、あらゆる人間の資質をここでは言っています。

ですが今回の私の戦闘力とは主にコミュニケーションを言います。

誰でもいつでも、何か人と関わりを持ちます。

人間一人では生きていけません。

そうです。

コミュニケーションが日常では普通の人は必要不可欠なのです。

仕事での取引先との会話や家族とのたわいのない話や友人との集まりなど、シチュエーションは無限です。

そんな状況に対応した会話術を今回作成させて頂きました。

会話術は一生モノです。

ですので今回のチャンスを逃さずに確実に講座に入って

メールサポートを受けながら成長して頂きたいと思います。

 

戦闘民族とは?

私の言う戦闘民族とは、会話を通じて相手を説得させたり好意をもたせたり、まさに会話を通じて戦う人の事を言います。

仕事では交渉は日常茶飯事だし、恋愛でも相手との駆け引きを必要とします。

そんな戦闘民族を育成するのが本教材の目的です。

教材だけでは全てを語る事はできないと思いますのでメールサポートをつける事にしました。

これで、多くの人を救済する事ができると思います。

さらにサポート内容を共有する事により「あぁ、こんな悩みもあるんだな」など、
共感を得る事ができればいいと思います。

 

教材の内容を公開したいと思います。

・あなたは知っていましたか?第一印象はどうやって決まって
いくのか?ある感情学を理解すると第一印象は驚くほどよくなるのです。

・あなたは気づいていましたか?自己紹介の時にもあるコツがあることに。
現代科学テクノロジーを使い、意外な一言がのちのちの人間関係を作っていくのです

・あなたは相手と会話する時どんな顔で相手を見て話していましたか?
ある事をするとグッと相手との距離がちじまります。今日があなたの運命が変わる日
にしましょう。

・相手からの心からの〇〇というのは周りを癒します。そしてそんなオーラをまとう人を人は慕うものです。
それはなんでしょうか?

・あなたは会話で緊張した時どんな対処法をしていますか?これができるのと
できないのでは、周りの評価も一目瞭然です。あなたも運命変換しませんか?

・ほめ上手に聞き上手。あなたはどちらが重要かわかりますか?これがわかるだけで
あなたと相手の関係も格段に良好になるでしょう。あなたもカリスマを目指しませんか?

・なんでもかんでも相手をほめればいいと勘違いしていませんか?このポイントを
抑えるだけで、S級の相手の心理を自分の都合のいいように誘導できるでしょう。

・ある自然な〇〇をすると相手から強烈に好かれるはずです。この「自然な」と、いう所がポイントです。
あなたもひくてあまたのVIPな人になってみませんか?

・大事な話の時はある態度をするのが超重要になってきます。その大事なしぐさとは?
そして、どや顔でそんなしぐさをしてみたいと思いませんか?

・人はわかって欲しい生き物です。孤独を人は恐れます。ではどんなシチュエーションでお互い人間は理解するのでしょうか?
あなたにも重要な存在価値があるのです。

・ちょっと言い過ぎかもですが、相手とアイコンタクトできるほど仲良くなる秘訣とは?
ステータスの高いあいてのNO,1を得たいとおもいませんか?

・あなたは相手の事を第一印象で決めつけていませんか?相手にも○○の傾向があるかもしれないのです。
第一印象で決めつけるのは危険です。注意しましょう。そうしなければゴミを見る目でみられてしまうかもしれません。

・○○をする事はあなたを窮地に追いやることになるかもしれません。そして逆にあなたのメリットになるかもしれません。その驚異の内容とは?相手から批難されたり誹謗中傷を防ぎましょう。

・あなたは思わず相手をバカにしてしまった事はありませんか?相手は鋭くそれを
見抜きます。自信喪失させたり気まずくなった相手にあなたはどんな最善策があるでしょうか?

・ある言葉の羅列を使う事により、言葉の質があきらかに変わってくることをご存知でしたか?
ぜひ覚えておいて損はないワードの使い方とは?そして信頼と平和を勝ち取る方法とは?

・あるテクニックを使う事により、一瞬で相手とラポール(相手と打ち解ける)を気づけることができます。
それはなんでしょう?行き当たりばったりはいけません。

・あなたは知っていましたか?最初に相手にある事をする事により相手との距離をぐっ
とひきつける、ある秘密の秘訣があることに。無計画、浮き沈みの激しい人生は危険です。

・ある言葉を使って一呼吸いれるだけで、あなたはその場を支配し自分のペースで話すことができる事ができるようになります。そのシンプルなエキサイティングな言葉とはなんでしょう?

・エンターテインメントを忘れ、あなたは相手をつい舐めてかかって会話してしまう事はありませんか?
それはあなたの人間関係において重大なミスにつながります。そんな時はどうすればよいでしょうか?

・どこの普通の家にでもある道具を使う事によりあなたは会話マスターへの第一歩を歩む事ができよう
になるでしょう。ではそのアイテムとは?ドキドキが大切です。

・あなたは自分の快感のため自慢話はしていませんか?そんな時は自分の中で○○をしましょう。そうすれば相手との距離をぐっと縮められるでしょう。

・相手を肯定すればいいのか、否定すればいいのかわからなくなったら○○が効果的でしょう。
相手の悩みにダイレクトに刺さる言葉なので注意が必要です。斬新さも大切ですが・・。

・安請け合いは危険。あなたは相手との会話で知ったかぶりをしていませんか?
そんな時使える必殺技とは?あなた自身のリニューアルも必要かもしれません。

・ある話題を最初にすることで相手の警戒心MAXを解く事ができます。そんな従来の常識を根底から覆すある話題とは?

・重たい話をする時などに使える他人を扇動するある新時代の簡単なテクニックがあります。それはなんでしょう?

・あなたは、はずかしがって質問をできなかった経験はありませんか?それはある大切な事を
見逃す決定的な瞬間になるのです。それでもあなたは質問をさけますか?時間はジェットコースターのように早く進んでしまうのですが。

・その場の空気を凍らせないためには何をすれば良いでしょうか?実は簡単なからくりでそれは
成りたっているのです。それらを楽しむ余裕を持つこととは?頭でっかちになる事はいけません。

・共通の話題の作り方をご存知ですか?実はらくちんに共通の話題を作る方法があるのです。それはなんでしょうか?それは凡人でもできる方法です。

・何を話せば鉄板で盛り上がるか?あなたは知っていますか?意外な盲点が会話の中にあるのです。想像して下さい。ヒントを言えばyoutuberです・・・。コミュニティに参加する必要もないのです。

・あなたはこれを知らないことにより普段の日常で大きなミスをしていませんか?そしてそれがある単純な事で解消されるとしたらスゴイと思いませんか?愛、絆、友情これは基本です。

・あなたは普段の生活のなかであたりまえにある、ある事を忘れていませんか?それは誰でも知っているのにあまり活用されていない穴場のようなものです。ぜひ活用しましょう。秘密結社のような事ではありませんとだけお伝えしましょう。

・あなたはトークの場でどんな役割をあたえられているでしょうか?その役割をわかっていなければその場の空気は凍り付いてしまうことでしょう。それを知らないと絶縁を申しだされるかもしれません。

・あなたは会話に飽きてしまったらその場を放置していませんか?すると周りが不機嫌になっていきます。そんな事にならないための微妙なさじ加減のトーク術とは?ギクシャクとした中、問題解決能力が問われます。

ボーナス特典

1、90日間のメールサポート

必要な方には90日のメールサポート(メール/回数無制限)

を行っています。遠慮なく毎日でも悩みがあれば私が解決します。
あなたの個人的な悩みからあらゆる相談まで私石川がご相談に乗らせて頂きます。

 

2、フォローアップメール

サイトを特設したいと思います。
メールサポートの内容をみんなでシェアする予定です。定期的にメールをお送りします。
自分の内容が掲載されたくない方は遠慮なく一言「フォローアップメールに載せないで下さい」と、申してくれたならのせません。サイトの閲覧は無期限にサイトが存在する限り閲覧できるようにしたいと思います。

3、「催眠術のかける方法」PDF28ページ

をプレゼントしたいと思います。
これであなたも催眠術が何かを知る事ができるようになります。
実践してもよいでしょう。使い方はあなた次第です。

今回はシンプルにわかりやすく解説させて頂きました。

入門に最適です。

・特典の「催眠術のかける方法」は
購入後にダウンロードできるファイルより提供いたします。

 

費用は30万円ではどうかと考えています

実際カウンセリングを定期的に受けるだけで数万円かかります。
それを実際何度も通うと数十万はかかるでしょう。
ですので妥当な金額だと思います。

今回私の教材では90日のメールサポートを
無料でつけています。
回数は無制限です。
聞こうと思えば毎日でも相談する事ができるのです。
自分の悩みを毎日相談する相手なんて友達でもなかなか
いないでしょう。
この私とあなたの距離がカウンセリングで
生きてくると感じています。
フォローアップメールでは様々な人の悩みを共有したいと
思います。
しかし、私もひとりでも多くの方のカウンセリングをして
人生の助けをしたいと思います。
10万円ではどうでしょうか?
まだ、参加するには勇気がいりますよね。
では今回は5万でもなく3万でもなく
19800円で販売したいと思います。
一生使うスキルがこの価格で手に入るのはお得だと感じます。
これは一人でも多くの方を救いたいと考える私なりの誠意です。
ですので今がチャンスとばかりにあなたのご参加をお待ち
しております。

(PDF219ページ)

 

 

追伸1

私は解説した通りもともと会話に困ったことはありません。

と、いうよりは自分の話したいオチのない話をして自己満足しているある意味会話下手より困った存在でした。

そんな私でも自分を見つめ直し、一から会話と向き合う事で自分のテンプレートに近いものを手に入れる事ができました。

女性にも苦手感は一切ありません。

ですので今度はあなたが成功する事が私の喜びです。

自分の中ではくだらないと感じる事でも気軽にメールサポートにメールしてくれれば、フラットに私も対応していきたいと感じています。

その場の臨場感、空気、タイミング、これらはある程度の時間をかけて力をつけて会話力を磨いていきたい所です。

一度身につけてしまえば一生モノのスキルですので、一生使うものだという気持ちで投資しようと思うのがベターです。

ぜひあなたの生活でここぞという場面で使って使って使いたおして下さい。

 

追伸2

今回お察しの通り返金保証はついておりません。

なぜかというと、その分メールサポートに力を入れる為、やる気のある人間を選別してプログラ

ムをやっていきたいと考えたからです。

大きな力を手に入れるには、大きな責任がつきものです。

私とあなたは、価値を構築し、それを提供する義務があります。

人を良い方向性に人々を導いていく義務があります。

なにとぞご理解下さい。

 

追伸3

私自身今回「戦闘民族の会話術」という、突拍子もないネーミングで教材を作成させて頂きました。
そして、一人でも多くの戦闘力の高い、会話マスターが生まれればいう事はありません。

私自身大きなことを言って教材を提案するのは正直な所、ちゅうちょする気持ちもあります。

私の時間を無駄にする人が増えてしまう事も無視できません。

しかし私から学び一人でも多くの会話マスターが生まれ、多くの腐敗の道を歩んでいる会話の苦手な人々に影響を与えたいという気持ちがあります。

その気持ちの表れとしてメールサポートだけはしっかりとこなして充実させたいと思っております。

 

追伸4

最後に私の目的の一つとしてお金儲けがしたいという気持ちもあります。

自分に投資してさらに素晴らしいモノをあなたに届けたいからです。

私の成長があなたの生活にとってメリットとなるように生きていきたいと感じています。

お金を儲けるとは本来そういったものであるべきだと私は考えています。

 

 

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